病気と医療について考える~栗野的通信
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ガンで旅だった妻への挽歌と、病気と医療についての考察。
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医療について考える(2)
 末期癌と宣告されたものの、昨年4月の桜の頃は妻もまだまだ元気で、病室に心理学の本を数冊持ち込み読んだりしていました。
実は、妻はその1年以上前から心理学講座に通っていました。退職後は心理カウンセラーになり、人の相談に乗りたいと考えていたようです。
後日、机の引き出しを開けると心理カウンセラー養成講座の新聞広告の切り抜きが出てきました。

 「ちょっぴり年上の女性に不信感を持ち、年上の女性は怖いと思っていた私の気持ちを変えて下さりました。そのお陰で随分楽に生きられるようになりました」
 告別式の時、若い女子社員が涙ながらに供えてくれたカードの文面にはこのような言葉が書かれていました。
恐らくいろんな相談に乗っていたのでしょう。

 病室に花を持ってきてくれた若い社員のカードにも、妻にどれ程励まされ、優しくされたかという感謝の言葉が、早く元気になって下さいという言葉と共に添えられていました。
 しかし、これらの手紙を妻は見ることもなく逝きました。その代わりに、私が時々読んで聞かせています。

 福大病院の桜がきれいで、風がない時は散歩がてらに二人で桜を見に行きました。点滴装置をガラガラと引きずりながら。
「桜は花の季節だけじゃなく1年中楽しめるのよ。花が散った後の葉でしょう。秋は紅葉でしょう」
 妻は楽しそうに喋り続けます。

「そう言われればそうだね。花ばっかりに目が行くけど、紅葉するんだね」
「皆、桜が紅葉するとは思ってないけど、桜の紅葉が一番きれいじゃないかしら」
 そんな会話を交わしながら、三脚を組み立て、セルフタイマーで二人一緒にカメラに納まったりもしました。

「パジャマでなければよかったね。点滴がいかんね」と妻。
「いいじゃないか。では、今度は点滴が写らないように写してみよう」
そう言いながら何枚もシャッターを切ったものです。
その時は互いに病気など忘れているようでした。

でも、その後見舞いに来てくれた友人に妻が「急に写真を撮りだしたから、もしかしたら先があまりないのかもしれん」と言うのを聞いて、私はビックリしました。
その時の言い方は明るくて、半分冗談とも取れる口調でしたが、普段と違うことをすると逆に不安を与えると反省しました。
でも、普段通りに振る舞うというのは結構難しいものです。

 私が病室に行くのは大体7時頃でした。たまに早く行くこともありましたが、その時は一緒に食事をしようと思っている時で、病院食が出る6時に間に合うように車を飛ばしたものです。
 それ以外はほとんど7時過ぎになるものですから、同室の人に遠慮して、私達はいつも1階の薄暗いベンチに腰掛け、手を握り合って話しをしていました。
そして帰り際には肩を抱いて元気付けてやるのが日課のようになっていました。

 そんなある日、妻がビックリするようなことを言いました。
「今日、看護婦さんがもう長いことしているから、一度針を外しましょうね、と言って、点滴の針を抜いたら血管に糸のようなものがあったので、引っ張ったら血の固まりが糸のようになって10cm以上もスーと取れたのよ」
それって血栓じゃないのか、と驚きました。

「血管障害を起こしているから今度は反対側にしましょうね、と言って反対側にしたのよ」
そう言いながら妻は腕を見せました。
血管が10cm程赤く見えました。
血栓が途中で切れることなくスーと抜けたからよかったものの、もし途中で切れていたら、と思うと、私の方が鳥肌が立ってきました。

「M先生にそのことを言ったら、あっ、これは湿布しとけばすぐ治るから何も心配することはない、と言うのよ。でも、若い担当の先生が腕の包帯を見て、どうしたの、と言うから、こうこうと説明したら顔色が変わって色々見てくれたから、あれはやはり危なかったのじゃないかと思う」
それを聞いた時、私は血管障害で血栓ができていたと確信しました。

まかり間違えば医療事故になっていたかも分かりません。それなのに「大したことない、湿布しとけばすぐ治る」と平然と言ったM医師の常識を疑いました。

「○○の常識は社会の非常識」とはよく言われることですが、ほとんどの医療事故は難しい部分で起こるというより、初歩的なミスが原因で起こっています。
酸素吸入の代わりに笑気ガスを吸入させたなどというのはその典型でしょう。

そういう意味では、私達は手術をしなくてよかったね、と言い合ったものです。
もし手術をしていたら、本来の病気以外の部分で亡くなる危険性があったからです。
これは患者にとって非常に怖いことです。

手術や医師を信頼できなければ、患者はどうすればいいのでしょうか。
白衣が悪魔の黒マントに見えれば、安心して手術台に寝ることなどできないでしょう。
「輸血の血液型は間違ってないか」
「いま、しようとしている注射器は取り違えてないか。針を刺す前にもう一度名前を確認して欲しい」
「私の名前は○○だよ。カルテの名前と一致しているか、最後にもう一度確認してくれ」

 こんな心配をしていたら、治る病気も治らないどころではなく、ストレスで死んでしまいかねません。
笑い話ではなく、現実にたくさん起こっているだけに怖いものがあります。
飛蚊症で絶対手術が必要と言われたが、外国で診てもらうと手術の必要はない、と言われたが、そのために外国まで行って治療してもらうのも大変だからと、言われるまま国内で手術をしたところ視野狭窄になった、というメールも届きました。
 表には出ないちょっとした医療ミスは数多いのではないでしょうか。
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by kurino30 | 2004-12-08 23:14 | Trackback | Comments(2)
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Commented by sumi at 2004-12-17 11:54 x
2ヶ月ほど前知人が膵臓癌の手術を受けました。術後自力で食事がとれなく精神的にも体力的にもかなり落ち込んできたそんな矢先にミスは起こりました。休日に見舞いに来られた親戚の方がふと見ると点滴に知らない人の名前が書かれたパックがかかっていたのです。薬や注射の誤投与は何度も問題になっていますが、こうして身近で起きたことを聞くと結構こういう単純ミスは頻繁に起こっているのだろうと感じます。そして、問題は事故発覚後の対応です。まず間違えた当の看護師は大したことではないというように、「○○さん、ごめんねぇ」と言ったそうです。成分的に問題ないから、みたいなことを言うのを聞いて、親戚の方が激怒したため、慌てた看護師が主治医に連絡するという意識の低さです。問題ないと言われても間違えられた患者の心中は穏やかではありません。一晩中不安で眠れなかったと言うことです。しかもその後、どうですか?と看護師が様子を見に来ることもなく、さらに翌日回診にきた医者は事故を全く知らなかったというあまりの対応に不安と不満をつのらせた患者が、涙ながらに訴えたことで病院側に初めて報告されたとのことです。ぞっとする話です。
Commented by kurino30 at 2004-12-17 18:13
 怖い話ですね。
たまたま成分が似たようなものだったから事故にならなかったのでしょうが、一つ間違えば大変なことになったいましたね。
 ミスは常に初歩的なところで起こります。
看護師の対応を見ていても、そういう状況に医療従事者が慣れてきており、重大なミスだという認識がなくなっていることが怖いですね。
 言い換えれば、日常茶飯事的にその種のミスが起こっているということでしょう。
 医療ミスをなくすには医療従事者の意識向上はもちろんですが、常に患者側が声を上げ続け、ミス隠しをさせない体制を作ることが重要ではないかと思います。
                  栗野 良