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「九州の技術」や「九州の頑張る企業」「栗野的視点」などを収録 ジャーナリスト栗野の辛口コラム~栗野的視点 ジャーナリスト、経営コンサルタント、コーディネーターとして活動しながら、中小企業の経営に関する講演も数多くこなす栗野が独自の視点で経済や経営、社会問題を論評 栗野的風景 写真と文で綴るフォトエッセイ。主に花の写真が多い。 最新のトラックバック
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それぞれの想い(2)
2005年 01月 17日
主人が、持病の気管支拡張症で通院している大学病院での定期検査の折りに肝臓に腫瘍が発覚。中期の癌で2カ所あり、ひとつは血管に食い込んでいるとの事でした。
C型肝炎があるので発症は普通の人の7倍くらいだそうですが、疲労度が高い以外には自覚症状は全く無く、この定期検査が幸いしました。 持病の気管支拡張症は、抗生剤の効かない緑膿菌がいます。 その為に3年ほど通院している大学病院で、C型肝炎もあるので、飲んでいる薬の影響を知るための血液検査や定期検査(腹部エコー)を受けていたが故に、癌(中期と言われました)を発見することができたと言えるので(自覚症状は皆無でした。疲労度は高かったのですが、仕事と昨年の経営の事故のストレスの為だと思っていました)何が幸いするか分かりませんね。 現在は術後の加療として肝臓に直接注入する抗ガン剤の処置(計8回)に通院しており、5月23日に加療後の検査をして、その後の計画を相談することになっています。 身体の他の部分に抗ガン剤が廻らないので、副作用が無いのは幸いです。 実は、私の家内も97年の12月、子宮癌と診断されました。 発見が早く、翌年の1月8日に入院、12日に手術をし、子宮、卵巣、卵管、リンパ節を切除、何とか現在に至っていますが、癌と分かった時は、年の瀬も押し詰まった24日の日でした。 癌の知識がなく、もう死ぬかと思いながらクリスマス、正月と過ごしたが、お正月には、子供、孫、父親が、気付かないように振る舞う妻の姿がとても印象深かった。 その後、放射線治療をしましたが、いまだに膀胱の機能がおかしいみたいです。 今年の12月で五年になります。五年経てば、医者はもう大丈夫だと言ってくれましたので、今は、家内と日々楽しく過ごしています。 患者は肉体的・精神的痛み、苦痛を持っており、それが終末ともなれば、耐えられない肉体的苦痛(悪寒)、生きたいという強烈な心の欲求、真実が解らないため何かわからない巨大なのしかかる精神的不安、疑心暗鬼、猜疑心、崩れ行く患者の自尊心、人間としての尊厳、などで苦しむのが患者の日常生活になります。 このときこそ、医療が必要になってくるのだと思います。 私がハダサ医療機関のホスピスを訪問した時、医療、人間、哲学などの専門教育を受けた博士号、修士号を持った看護婦と現場の掃除婦、食事のおばちゃん、医師、患者、家族などが一体となった協力的な暖かいエネルギーの雰囲気がホスピスに充満していた事が印象的でした。 治療は単なる技術の問題ですが、医療は多くの専門家の知恵と愛情のチームワークが不可欠だと感じました。 患者は自分の家で自分の家族の見守られる中で逝くのが理想的ですが、その過程で専門家の力を必要なときもままあります。 これからの医療は、ホスピスに存在するだけでなく、これからの病院にも医療制度にも必要なのではないかと思います。
by kurino30
| 2005-01-17 08:07
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