病気と医療について考える~栗野的通信
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ガンで旅だった妻への挽歌と、病気と医療についての考察。
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術前に剃られる。
 手術は子供の頃、まだ小学校3年生の頃に虫垂炎の手術をしただけだから、今回の手術は二度目、およそ40年ぶりということになる。検査入院以外したことがなかったので、何もかもが初めての経験だった。

 面白かったのは手術前の処置だ。手術箇所が下腹部ということもあり陰毛を剃られることは分かっていたが、聞くところによれば地域というか病院によってやり方が異なるようだ。
 以前に私が聞いた話では、誰が剃ったか分からないようにして剃り、剃った後も人物の特定をさせないというものだった。ところが、私が入院した病院では実にあっけらかんとしていた。

 まず、手術前日の夕刻にナースがやってきて、これから体毛を剃りますと告げられた。剃る箇所は陰毛と、局部麻酔をかける背中の産毛とのこと。どうも当の本人が剃るようだが、聞いていた話のように患者と作業者との間をカーテンで仕切る風もない。つまり作業が丸見えの状態で剃られるわけだ。

 困ったのは作業中のこちらの態度である。黙ったままジッとしているのも変なので、ウォークマンのイヤホンを耳に当て語学のカセットテープを回し、テキストに目をやっていた。ところが、毛を剃りながらナースが話しかけてくるのだ。

「以前はカミソリで剃っていたんですが、いまは電気(バリカン)なんですよ。カミソリだと却って肌を傷つけることがあるからですね」
「お仕事は何をされているんですか」
 話しかけられても最初は無視していたが、とうとう返事せざるを得なくなり、以後、イヤホンをはずし話に付き合うことにした。
「わー、そうなんですか。私なんかこの世界しか知らないから興味ありますね」

 ごく普通の会話をごく普通に交わしながら陰毛はどんどん剃られていく。
何とも不思議な光景である。
そのうちあることに気づいた。
そうなのだ。この何気ない会話こそが重要なのだ、と。

 互いに沈黙したまま黙々と作業を続けると、中には不心得者がいて、ふとあらぬ妄想をするかもしれない。仮に妄想しないにしても、沈黙したままの作業はその場の空気を緊張させる。
そうしたことを防ぐために何気なく普通の会話を交わすことで、互いの緊張を取り去り、点滴をしたり血圧を測るのと同じような作業にしているのである。
「はい、終わりました。この後シャワーを浴びてください」という声で、何事もなく作業は終了した。
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by kurino30 | 2006-01-30 09:45 | Trackback | Comments(0)
患者と医師の信頼感
 名前を呼ばれて診察室に入った瞬間、「しまった」と思った。
紹介状は外科部長宛に書いてもらったが、その日は外科部長の診療日でないことが事前に分かっていたので、他の担当医でもいいと伝えていた。だから誰でも文句はないのだが、目の前の医師はあまりに若く見えた。小柄なこともあり、どうかすると30そこそこ、いっていても30代前半だった。
大丈夫だろうか、という不安が頭を過ぎった。

 若い医師は私の不安な表情を読み取ったはずだが、顔色一つ変えず、にこやかな笑顔を浮かべていた。自己紹介をした後、病名について説明し、治療方法、手術方法は複数あり、いずれの方法にもメリット、デメリットがあります、と説明を続けた。
 非常に丁寧な説明の仕方と、終始笑顔を絶やさず、優しく語りかける若い医師の姿に、当初感じた私の不安は次第に消えていった。

「先生、一つお聞きしたいのですが、排便はどうなりますか。妻が生きている時はよかったのですが、いまは独り身なものですから、下の世話をしてもらうのがどうも……」
「それは誰でもそうでしょうね。ただ、手術の前に浣腸をしますし、術後は尿道に管を入れていますから心配ありません。翌日はおかゆですが食事もしてもらいますから。トイレにもご自分で行けます。ただ、手術をした後ですからあまり踏ん張ると傷口が開くことがあるので、それはできませんけど」
「いや、それを聞いて安心しました。それならメスによる開腹手術でお願いします」
「分かりました。その場合は私が執刀しますから、私が主治医ということになりますが、それでいいですか」
「はい、お願いします」

 鼠径ヘルニアの手術には従来通りのメスによる方法と腹腔鏡手術がある。腹腔鏡手術は術後の回復が早いというメリットがあったので、腹腔鏡手術にしたいと考えていた。しかし、従来手術に比べ手術費が高いこと、局部麻酔ではなく全身麻酔なので麻酔による体の負担があることが分かった。さらに従来手術でも術後2日目から動けることが分かり、排便は自分の手でできることが分かったので、躊躇なくメスによる開腹手術を選んだ。もちろん、最後の決定要因は目の前に座っている若い医師に対する信頼感だった。

 患者と医師の信頼感は情報開示以外にない。病名、手術方法等の説明をきちんとしてくれるかどうか。しかも、その際他の選択肢があることも教えてくれかどうかだ。さらに、それぞれの方法のメリット、デメリット、リスク等を隠さず教えてくれるかどうかだろう。流行りの言葉で言えばインフォームドコンセントがどの程度行われるか否かにかかっているということだ。
 若い医師の笑顔を絶やさない真摯な態度、丁寧な説明に、私の不安は完全に拭い去られていた。なかでも信頼感を増したのは医師の次の言葉だった。

「これは私からのお願いですが、術後1カ月、3カ月、半年、1年まで経過を見たいので診察に来てもらえないでしょうか」
 メンテナンスまできちんとしたいという。1年後まで経過を見るのは病院の方針ではなく、本人のやり方らしいと知ればなおのこと当医師に対する信頼が湧いてきた。
「先生、お願いします」
 最後には自然に頭を下げ、私はそうお願いしていた。
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by kurino30 | 2006-01-28 09:45 | Trackback | Comments(0)
入院先で悩む
 半年程前から下腹部に卵形の膨らみが目立つようになった。別に痛みもないのでさほど気にも留めなかったのだが、12月に入って卵形の膨らみが大きくなった。大きくなっただけでなくウィンナーのように長い形状に変わってきた。ちょうどその頃から下腹部に違和感を覚えると同時に鈍痛のようなものを感じだした。

 脱腸ではないかと思いインターネットで検索すると、病名を鼠径ヘルニアと呼ぶことが分かった。子供に多いと思っていたが、実はそうではなく40歳以上の大人に多い病気で、加齢と共に筋肉が弱ってくることから起こるらしい。
 腹膜(腹の一番内側の膜)が下腹部の筋肉の隙間から袋状に飛び出し、その中に腸・脂肪・膀胱などが脱出する病気で、出たり引っ込んだりしている間はいいが、出っぱなしで、横になっても引っ込まなくなると、出ている腸の部分に血流障害が起き、腐ることがある。その場合は緊急手術が必要だ。

 そこまで分かった時、もう手術をすることに腹を決めた。
問題は病院をどこにするかだ。暮れも押し迫った27日だったので、年明け早々に入院・手術をしたかったが、診断してもらったクリニックは手術装置がなかったので別の病院へ紹介状を書いてもらうことにした。

 「どこか希望がありますか」。そう聞かれたが入院希望先などはない。第一、鼠径ヘルニアの手術は何科でするのかという知識さえない。
「上手なところならどこでもいいです」
 手術に際して一番知りたいのは、やはりこの点である。
「誰でも、というと変ですが、鼠径ヘルニアの手術は盲腸の手術程度ですから難しい手術でもなんでもありません。外科医なら誰でもできる手術です」
 そう言われて少し不安が消えた。
自宅から比較的近い国立病院のほかに2つの病院名をあげられたが、国立病院以外は名前を聞いたことがある程度だったので、国立病院に紹介状を書いてもらうことにした。宛先は外科部長。正月4日に行く予定にした。

 これで安心のはずだった。ところが、年が明けると気が重くなってきた。別に手術が億劫になったわけではない。入院先としてそこがいいいかどうか迷いが出てきたのだ。紹介状の宛先は外科部長だから技術的には問題ないはずだが、病院が古くて待合いや廊下などが暗いのが気になったのだ。
 同じ入院するなら明るい方がいい。でないと気持ちまで病人になる。病は気から、という言葉があるように、気持ちが明るければ病気の治りも早いが、薄暗い環境で気が滅入るようだと治る病気も治らない。医療技術は病気治療に必要な絶対条件だが、それがすべてでない。むしろ必要なのは医師・病院と患者との信頼関係を含め、トータルで病気を治すことではないだろうか。

 さて、入院先を迷っている時、同じマンションの知人の奥さんが立ち話のついでに
「どこに入院されるのですか。九州中央病院にされればいいのに。近いし、広くて明るいですよ」と教えてくれた。ご主人が最近入院されたのだが、病院の印象がとてもよかったようだ。
 話を聞いて私は即座に入院先を変更することにし、再度、クリニックを訪ね紹介状を九州中央病院に再び書き換えてもらった。
 同病院は知人の奥さんが言った通りだった。エントランスは広く、しかも一部が2階までの吹き抜けになっており、非常に開放的で、初めて訪れた人の不安感を取り除き、リラックスした気分を与えてくれた。

 近年、患者のことを「患者様」と呼ぶ病院が多いが、あの呼称に違和感を感じるのは私だけではないだろう。それは国会議員が選挙の時だけ取って付けたように「国民の皆様」と言うのと似た感覚を覚えるからだ。
 呼称を丁寧にすればいいということではないはず。大事なのはむしろ中身。口では「患者様」と言いながら、診てやっているという態度を取る医師、病院もまだあるが、そうした病院はもう生き残っていけないだろう。
 表面的に「患者様」と呼ぶだけでなく、病院もサービス業という立場に立つことが必要だろう。そうすれば何が必要かは自ずと見えてくると思うのだが。
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by kurino30 | 2006-01-27 22:52 | Trackback(2) | Comments(0)