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「九州の技術」や「九州の頑張る企業」「栗野的視点」などを収録 ジャーナリスト栗野の辛口コラム~栗野的視点 ジャーナリスト、経営コンサルタント、コーディネーターとして活動しながら、中小企業の経営に関する講演も数多くこなす栗野が独自の視点で経済や経営、社会問題を論評 栗野的風景 写真と文で綴るフォトエッセイ。主に花の写真が多い。 最新のトラックバック
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2006年 04月 23日
九州中央病院は名医が多い--入院中そう感じました。
胃カメラ検査をしてもらったN医師もその一人です。 Konishikiを小柄にした体型で、なんとなくユーモラスな顔立ちは、すでにそれだけで被検者に親しみを与えます。 しかも、体型に似合わず繊細で照れ屋のようです。 私は前回にも書きましたが、胃カメラ検査をする時に鎮静剤を打つ方法と打たない方法の両方を経験してきました。 鎮静剤を打つと知らない間に検査が終わっているので、管が喉を通る時の苦しみからは解放されますが、その代わりに検査中の出来事をモニターで同時に見たりすることも出来ないし、検査中に何が行われているのかも分かりません。 私は何が行われているか見ておきたいと思ったから、鎮静剤なしで行う方法を選びました。結果は選択が正しかったことを証明しました。 N医師の技術が高かったので管が喉を通る時の苦しみも、検査中の痛みや苦しさもなく、比較的リラックスして受けることが出来たのです。 だから検査が終わった後、「先生、名医だね」と、医師の技術を誉める言葉が自然に出ました。 一般的にプロの技術を誉めるのはプロで、素人が誉めることは非常に少ないと思います。素人が誉めない理由は、一つにはプロは上手で当たり前と思っていること。もう一つは素人が誉めるのは失礼だと思っているからではないでしょうか。 でも、誉められて悪い気は誰しもしないでしょう。もちろん、プロから誉められるのは、それだけ認められているということですから、より以上にうれしいでしょうが。 しかし、プロの場合は細部にこだわって、あの技術はすばらしいなどと言うことがあります。いわゆる「玄人受けする」というやつです。映画などがその典型ですね。全然面白くもないのに、映画評論家が誉めるものがありますね。小説でもネチネチと男女のことを書く女性作家がいます。文章も下手だし、説明が多すぎるのに、いつの間にか恋愛物の大家みたいに言われている小説家が。 たしかにプロから認められることも大事ですが、ユーザーの反応はそれ以上に大事だと思います。 だからというわけではないのですが、被検者の反応をストレートに伝えておかなければと思ったことは事実です。 胃カメラ検査が終わった日の午後、廊下でN医師を見かけたので駆け寄りまたもや私は誉めました。 「先生、明日、大腸の検査をしますが、明日も先生にお願いしますね。先生は上手だから」と。 それに対してN医師は「ああ」と答えただけで、立ち止まることもなく、そのまま歩いて行ってしまったから喜んでいるのかいないのかも分かりませんでした。 でも、実際には喜んでいたようです。 だって本人にだけではなく、検査室のナースにも、入院病棟のナースにも「N先生は名医だ」と吹聴していたのですから。 なぜN医師が喜んでいたと分かったかといえば、検査の順番待ちをしている時にわざわざ私の側に来て「スケジュールを見たら、ぼくの担当にはなってなかったのだけど、ご指名なのでぼくがすることにしましたよ。今日も内視鏡でしっかりいじめてあげましょう」と言ったからです。 どうも体に似合わず(失礼)とっても照れ屋のようでした。 その後も検査中に「同じことならもっと若い女の子に言われたい」と軽口を叩いたりしていましたから、やはりうれしかったのですね。 もちろん、その恩恵は私にそのまま跳ね返ってきます。それはそうでしょう。互いにコミュニケーションが不足した中で検査を受けるのと、コミュニケーションが取れ、しかも好意を持たれている相手にはより丁寧に検査しようという気になるものです。 お陰で大腸の検査は実にスムーズに終わりました。さらに幸いなことにポリープの一つも見つからず、「腸はきれいです」と言われました。胃の方は少し荒れていると指摘されましたが、それでも潰瘍もポリープもなしでした。 やはり医師は誉めるに限ります。というより、感謝の気持ちを素直に言葉で表現してあげることでしょう。それにしても、N医師は上手でした。 #
by kurino30
| 2006-04-23 11:34
2006年 04月 18日
胃カメラ検査の当日です。
たまたま同室の人も同じ日の同じ時間に検査を受けることになり、2人揃って呼ばれました。 受付で鎮静剤を打つか打たないかと聞かれたので、私は鎮静剤なしの方を選びましたが、同室の人は初めて胃カメラ検査をするから苦しくない方がいいと、鎮静剤を打つ方を選んでいた。 「鎮静剤を使うと検査後すぐは歩いたり出来ないので30分程仮眠室で寝てから帰ってもらうことになりますがいいですね。入院されているから問題ありませんね」 とナースが説明をしていました。 さて、いよいよ私の番です。 検査室に入るとナースが「先生、鎮静剤なしだそうです」と医師にちょっと伺いをたてていました。少し声を落として尋ねていたので、あれ、鎮静剤なしと最初に言っているのにどういうことだろうと、私は一瞬思いました。 ナースの言葉を聞いても医師は黙ったままでした。 するとナースはちょっと困った顔をして、もう一度繰り返しました。 「先生、鎮静剤なしですけどいいですか」 再確認されてやっと医師は小さくうなずいたようです。 おいおい、それはないよ。鎮静剤を打つか打たないか選べるようになっているんだから、客の希望通りにしてくれなければ。 私はちょっと不安になると同時に、病院に対する不信感が一瞬過ぎりました。 目の前に現れた医師は「千と千尋」に出てくる太った蛙(?)を想像させる体型をしていました。医者の不養生という言葉がありますが、先生、医者なのだからもう少しダイエットしなきゃあと思ったものです。 「鎮静剤なしだって? ちょっと苦しいかも分からんよ」 医師は太った体をベッドの側に移動させると、優しい目をしてこう言いました。 「先生、腕がよければ苦しくないんだから」 と私は笑いながら牽制しました。 「鎮静剤を使えば研修医にだってどんな名医でも及ばないといわれるくらい楽なんだけどね」 医師も笑いながら応酬してきました。 今日の検査はちょっと苦しいかも・・・。 そう覚悟しました。 胃カメラ検査で一番苦しいのは管が喉を通りすぎる瞬間です。 先が中に入ればあとは唾を飲み込む要領でグイグイと中に入っていきます。 とはいえ小指大の太さの管を喉から食道に入れるのですから違和感はあります。 喉元過ぎれば・・・、という諺がありますが、その諺通りに喉元を過ぎるまでが苦しくて、ゲーゲーと戻しそうになったり、実際少し戻したりもするようです。苦しくて涙も出てきます。 鎮静剤を打てばこの苦しみを味わわなくて済むわけです。 ただし苦しさを感じなくて済むかわりに、リアルタイムで状況を把握することは出来ません。自分の胃の状態を見ることができないだけではなく、極端な話、カメラで胃壁を傷付けられても分からないわけです。 それが嫌だから私は鎮静剤なしを選んだのです。 管が喉に入る時、涙まではこぼれませんでしたが、少し嘔吐(えず)きました。 「ああ、苦しいですね。大丈夫ですよ。まだ入れていませんからね」 目の前で医師が優しく声をかけてくれます。 「少しずつ入れますから、大丈夫ですよ。はい、入りました。もう苦しくはありませんからね」 えっ、もう中に入ったの? そう思ったぐらい、あっけなく一番の難所を通り過ぎました。 目を開いて枕元のモニターを見ると、カメラがどんどん中に入っていく様子が見えます。 「この奥が十二指腸です。ちょっと覗いてみましょうかね」 医師の優しい声が途切れずに聞こえます。 2年前、某医院で胃カメラ検査をした時は十二指腸の入り口にカメラがなかなか入らず、「入らんな、入らんな」と言いながら無理に何度も入れようとするものだから時間もかかり非常に苦しかった記憶が十二指腸と聞いた瞬間よみがえりました。 これからが苦しいんだ。 そう思って体を硬くしましたが、カメラは何事もないかのように進んでいきました。「はい、これが十二指腸です。これで全部見ましたよ。これからカメラを抜いていきますからね」 モニターに映し出された映像が徐々に遠ざかっていき、管が抜かれていくのが分かりました。 管が全部抜かれ上体を起こすと、思わず口をついて言葉が出ました。 「先生、上手じゃないですか」 医師の反応はありませんでした。 でも、こんなに楽だった胃カメラの検査を経験したことはなかったので、帰り際にもう一度ナースに言いました。 「先生は名医だよ。上手。鎮静剤打たなくて正解だった」 「そうなんです。先生はとっても上手なんです。よその病院からも来てくれと言われているぐらいなんですよ」 私に先生をほめられて、ナースも喜んでいました。 「先生に言っといて。名医だ、と」 そう伝えて私は検査室を後にしました。 #
by kurino30
| 2006-04-18 20:13
2006年 04月 12日
今回の入院では当初から主治医にお願いしていることがありました。
それは手術とは直接関係がない部位の検査です。 具体的には前立腺と胃、大腸の3カ所のガン検診です。 年に一度は定期検診、といわれていますが、私が胃カメラ検診をしたのは2年前。 大腸カメラはそれよりさらに2年前です。 もしかすると・・・、そんな思いも一方ではありました。 それなのにいままで内視鏡検診を怠ってきたのです。 いや、検査をしなければと思っていましたし、実際に病院に行こうと考えてもいました。 にもかかわらず、いままで行かなかったのは、どこの病院に行ったらいいか迷っていたからです。 胃カメラも大腸カメラも経験があるのだから、以前かかったところに行けばいいようなものですが、ある疑問を感じた瞬間から足が重くなってしまいました。 それは胃カメラを飲む時に鎮静剤を打つか打たないかということだけです。 それまでは何も感じずに、こんなものだと思っていたのですが、目が覚めた時、自分がそれまで知らないベッドに寝ていたことに怖くなったのです。 これでは検査中に何があっても分からない、ということへの恐怖です。 不思議なもので、わずかでも恐怖を感じると、もうダメなんですね。 どんなに大したことではない、寝ている間に検査される方がされる方もする方も楽だし、第一苦しい目に遭わなくて済むのだからと、いくら自分に言い聞かせても足がすくんでしまうのです。 そのため次に胃カメラ検査をするまでに2、3年かかりました。 そして今度は鎮静剤を打つか打たないかを自分で選べる病院を探して(知人に紹介してもらい)検査してもらいました。 ところが、この医師が下手で、カメラが胃から十二指腸に行く時になかなか入らず、もう十二指腸の検査はいいからやめてくれと言いかけたほど苦しかったのです。 そうなるとますます次は怖くなり、どこにも行けなくなりました。 だから、わざわざ検査に行こうという気は起きなかったのですが、今回は入院中です。なにかあっても安心、という気も多少ありましたし、この機会を逃すと本当に病院嫌いになってしまうと思いました。大袈裟ではなくて。 その先に待っているものは、発見された時は手遅れです。 それもいいか、と思ったりもしましたが、やはりまだ現世に未練もあります。 早期発見で助かるなら、それに越したことはありません。 そこで、この機会に前立腺、胃、大腸のガン検診をしてもらうことにしました。 前立腺ガンは最近では血液検査で発見できるようです。 だから、これは取り敢えず採血だけです。 問題は胃カメラと大腸カメラ検診です。 一応、開腹手術をしているので大腸は一番最後、退院前日にすることに決まりました。 そして先に胃カメラの検査をすることに決まりました。 #
by kurino30
| 2006-04-12 07:50
2006年 03月 27日
Excite エキサイト : 社会ニュース
最近、医師の犯罪(?)が増えている。個々の犯罪について言及するつもりはないが、背景には倫理観の欠如、人間性の欠落がある。 これは何も医師に限ったことではなく、現代社会が共通して抱える問題だと思うが、本来なら高い倫理観、人間性が要求される職業の人にそれらが急速になくなりつつあることが問題である。 だが、明らかに法に抵触するものは論外として、犯罪と言い切ってしまっていいかどうか微妙なものもある。 例えば今回、富山県・射水市民病院で起きた安楽死(?)事件である。 外科部長が末期患者の人工呼吸器を取り外し患者が死亡した事件だが、似たような事件が近年続いている。2年前には北海道羽幌町の道立病院で女性医師が無呼吸状態の男性患者(当時90歳)の呼吸器をはずし死亡させた事件が記憶に新しい。 両者の間にはある種の共通点がある。 まず両医師とも信念(?)を持って行っていることである。つまり、両者ともに犯罪を行っているという認識がない。むしろ善行をしている意識があったようだ。 もう一つは患者が高齢者である点である。 さらに付け加えるなら富山、北海道という雪深い地、それも過疎の町で起きているという点である。 私はこの「事件」を知った時、姥捨て山の話を連想した。 両医師に、そんな意識は皆無だったと言い切れるだろうか。恐らく顕在、潜在は別にして、意識下にはあったのではないかと思う。とすれば、この事件は単に両医師の個人的な問題では済まされず、根はもっと深いところにある。 次に、意外と見落とされがちだが、射水市民病院の医師が50歳、北海道立病院の医師が34歳と共に若い医師だということである。射水市民病院の外科部長は50歳だが、10年前から行っていたらしいから、10年前は40歳である。 両者の違いは数である。10年間にしろ7人という人数は多い。仮に射水市民病院の医師が言うように「患者さんのための尊厳死」のために実行したとしても、初めて行うときは随分葛藤があったはずである。 ところが2件、3件と増えていくと、途中から心の葛藤はなくなる。代わりに芽生えてくるのが、自分の行為に対する正当性である。 これが怖い。独裁者に繋がるからだ。 もともと医師は医療現場では独裁者たりえるし、そうである人が多い。少なくとも医療現場では圧倒的な強者である。それが人の生命をも操作する独裁者になるとしたら、こんなに恐ろしいことはないだろう。 ただ、問題を複雑にしているのは患者あるいは家族の同意の点である。 人工呼吸器を必要とする末期患者が尊厳死を望むと望まないとにかかわらず、自ら意思表示することは不可能に近いだろう。せいぜいそうなる前に意思表示しておく必要があるが、恐らくその段階で自らの死を現実の問題として考えられる人は少ないのではないだろうか。 となると、あとは家族の同意しかないが、これがまた難しい。 カルテには「家族の希望」とあったらしいが、この「家族の希望」というのがどこまで本当なのかが分からない。今回も同意書は取り付けてなかったし、恐らくどこの病院も現実問題として同意書にサインさせていないだろう。仮にあったとしてもその数は極少ないに違いない。 実際、私の父が亡くなった時も同意書にサインなど求められはしなかった。 父の最後が近いことは家族の誰もが薄々理解していた。 すでに父の体には様々な機械が付けられていた。 「呼吸をしているように見えますが、機械の力でしているだけで、もう自己呼吸はありません。すでに脳は死んでいる状態で、いまは機械の力で心臓が動いているだけです。機械を外せば心臓もすぐ止まります。あとはいつ機械を外すかだけですので、お考えください」 そんなことを医師が言った。 その時、私達は医師から選択を迫られたと感じた。このまま植物状態でも生かし続けるのか、それとも生命維持装置を外すのか、と。 たしかに母も看病で疲れていた。これ以上看病が長引くと母が倒れる危険性もあった。それで弟と3人で話し合い、装置を外してもらうことにした。 しかし、装置を外しても医師が言うようにすぐ心臓は止まらなかった。心臓の動きを表すオシロスコープの線は最後まで平らにならなかったのだ。あまりの時間に臨終時間を宣言するために待ち構えていた医師が一度病室から出て行ってしまったほどだった。 この時間の長さは本当に辛く苦しかった。もしかすると生命維持装置を外したのは間違いだったのではないか。父は本当はまだ意識があるのではないか。まだそのままにしていれば、もしかすると蘇生したかもしれない。そんなことを考え、悔やんだものだ。もっというなら、私は父の殺人という犯罪に手を染めたのではないかと思いさえした。 こうした私自身の経験からいっても、家族は最後の最後まで迷い続ける。だから「同意書」が存在しないのは当たり前だろう。 その一方で、植物状態で長く生き続けられるのは辛い、という家族の現実的な問題がある。はっきりいえば経済的な束縛である。特に過疎化が進んでいる地方では経済的な問題は深刻である。 つまり、家族は矛盾の中にいるのである。もはや民話と思われている「楢山節考」の世界が21世紀のいま再現されているのである。このことの恐ろしさが認識されていないことに、今回の問題の悲しさがある。 もし、医師が家族を取り巻く諸事情(主に経済的事情であるが)を考慮し、家族の裏に隠された気持ちを察し、代行したとすれば、実行者である医師だけを責めることは誰にもできない。それは我々自身がいつでも「残される家族」になる可能性があるからである。 一方、家族の方も「了解はなかった」と単純に医師を責めることもできない。医師との間に暗黙の了解(共犯意識)が成立していたかもしれないからだ。 医師と家族が共犯意識を共有し、その罪の重さにこれから先ずっと苦しむことこそ、この問題を考えることに繋がるような気がする。 しかし、射水市民病院の場合、7件という数はやはり問題になる。 最初は家族の苦しみを見かねて、代わりに自分が老婆を背負って山に入る役目を引き受けたのかもしれない。だが、数を重ねるうちに「罪の意識」、矛盾の中に生きざるを得ない苦しみは次第に薄れていってはしないだろうか。むしろ、どこか事務的に行っていたとすれば、それは生命を自由にできるのは自分だけだという医師の傲慢、傲りだと思う。 普段の医療現場ではとても優しくていい先生が、ある場面では独裁者になることはよくあるし、私自身そういう医師も目にしてきた。 もう一つの背景は、医療現場の過重労働である。 医師も看護師も圧倒的に不足している。この傾向は国の財政が破綻する中でますます深刻になっている。そこに持ってきて医療に経済が持ち込まれている。病院は経営的に成り立つことが第一義に考えられようとしている。 もちろん、経済原則を抜きに医療を成り立てるべきだとはいわない。しかし、経済原則を第一義に考え出すことには大いに疑問がある。 地方と医療が現在抱えている問題を解消しないと、今後も「尊厳死」に名を借りた(というのは少し言い過ぎかもしれないが)楢山節考の世界はなくならないだろう。 今回の事件は医療現場に重要で、重く、かつ難しい問題を残した。 医療現場だけではない。我々すべての人間が「生きるとはどういうことか」「生命とは何か」という重く、難しい問題と真っ正面から向き合うことを求められている。 医療現場に従事するすべて人にこれだけはお願いしておきたい。 決して医師個人の問題にして逃げるのだけはやめて欲しい、と。 #
by kurino30
| 2006-03-27 10:53
2006年 03月 11日
この病気にかかるまでは鼠径(そけい)ヘルニアという言葉すら知りませんでした。ヘルニアという言葉で思い浮かぶのは椎間板ヘルニアぐらいです。実際、知人の中には私が鼠径ヘルニアで手術すると言ったのを椎間板ヘルニアと勘違いして、「いやー、私も経験があるから分かります。あの腰の痛みは堪りませんからね」と言ってきた者もいました。
鼠径ヘルニアは日本ではあまり知られていない病気ですが、アメリカでは非常にポピュラーで、年間80万人の人が受診しているといわれています。ところが日本の受診者は14万人と推定されています。 しかし、実際には病院に行かずに我慢している人がかなり多いと見られています。病院に行かない理由は人それぞれでしょうが、一つには慢性盲腸のように緊急を要するものではないこと、二つめには下腹部に現れる症状なので恥ずかしいという思いもあるかもしれません。ただ、急性盲腸と同じで痛みが激しくなると手術は緊急性を要します。 さて、文字からしてなにやら難しそうな病名ですが、俗に言う脱腸です。腸の一部が下腹部に出てきて、足の付け根辺りがぷくっと膨れてきます。そう言うと、子供の時にかかったという人もいるでしょう。そうなんです。多くの人が脱腸は子供の病気と誤解しているようですが、実際には40代上に多い病気なのです。加齢とともに増えてくるようです。 男女比で言うと圧倒的に男性が多く、80%が男性です。職業的には力仕事、立ち仕事をする人、肥満、前立腺肥大、咳をよくする人、妊婦などに多い病気といわれています。要は腹圧がかかる姿勢、作業が影響するということでしょう。 ところで鼠径ヘルニアと椎間板ヘルニアは同じようにヘルニアという文字が付くのにまるで共通点はないように見えます。 一体ヘルニアとはどんな状態をいうのかと思い調べてみると、「腹壁の孔から内臓の一部が腹膜に包まれたまま腹壁皮下に脱出する」(マイペディア)状態のこととありました。 椎間板ヘルニアは本来のヘルニアではなく、臓器脱出の形が似ているためにヘルニアと呼ばれているようです。いわば偽ヘルニアですね。同じようなものに脳ヘルニア、脊髄ヘルニアがあります。 それにしても鼠径の「鼠(そ)」はネズミという文字ですから、「鼠径」を文字通りに解釈すれば「ネズミが通る小さな道」です。もちろん、お腹の中にネズミがいたり、ネズミが通る道などあるはずがありませんから、ネズミに似た形のものか、ネズミが通る道のようなものが体内、それも下腹部にあるということでしょう。 赤ちゃんの時に男性は睾丸が体内から陰嚢に落ちてきますが、この通り道が鼠径管と呼ばれています。精巣をネズミにたとえて付けられたというわけです。ですから、元々男性の場合は睾丸が降りてきた道筋ができているわけです。それが加齢とともに筋膜が衰え、鼠径管の入り口が緩んできます。そこにもってきてお腹に力を入れたりすると、筋膜が緩んで出来た入り口の隙間から腹膜が出てくるわけです。最初のうちは腸が出たり引っ込んだりしていますが、やがて出たまま引っ込まなくなると、出た部分の腸が壊死しだします。この時は急激な痛みを伴い、緊急手術が必要になります。この辺りの感じは盲腸の症状とよく似ていると思いますね。 笑い話ですが、実はどうも鼠径ヘルニアらしいと自分で気づいた時、筋膜が緩んできているのが原因なら腹筋を鍛えれば改善するのではないかと素人考えをし、腹筋運動を始めました。 これが逆効果でした。実は腹圧を加えることで腸の一部が外に押し出されるわけです。それまでは下腹部にちょっとした膨らみが出ているなぐらいだったのが、腹筋運動を始めた翌日には形状も大きく伸びてきたのです。それと同時に不快感を伴ってきました。 #
by kurino30
| 2006-03-11 10:48
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